SECIモデルとTLAによる暗黙知抽出の可能性
1 問題意識
企業の現場では、多くの暗黙知が日々生み出されている。
しかし、その多くは言語化されないまま、個人の経験として消えていく。
知識管理の分野では、Ikujiro Nonakaによる SECIモデル が広く知られている。
SECIモデルは、
- Socialization(共同体による暗黙知共有)
- Externalization(暗黙知の言語化)
- Combination(知識の統合)
- Internalization(知識の再学習)
というプロセスによって、新しい知識が創造されると説明する。
このモデルは、組織のイノベーションを理解するうえで有用である。
しかし一方で、次の疑問が残る。
そもそも暗黙知はどのようにして引き出されるのか。
多くの場合、暗黙知は本人でさえその価値を認識していない。
そのため、Externalization(言語化)は容易には起こらない。
2 暗黙知の問題
現場の暗黙知には、次の特徴がある。
- 本人はそれを「特別な知識」と認識していない
- 日常作業の中に埋め込まれている
- トラブル対応などの瞬間にのみ表面化する
つまり暗黙知は
「価値を認識したとき」にしか言語化されない。
この構造のため、多くの現場知識は記録されないまま消失していく。
3 仮説:TLAによる暗黙知の構造抽出
本研究では、暗黙知を直接引き出すのではなく、
その痕跡を構造として抽出する方法
を考える。
三層構造解析(TLA)は、
- Fact(事実)
- Order(構造ルール)
- Insight(洞察)
の三層で事象を分析するフレームワークである。
この枠組みを生成AIと組み合わせることで、現場ログやトラブル記録から
暗黙知の構造的パターン
を抽出することが可能になると考えられる。
4 生成AIの役割
生成AIは、次の特徴を持つ。
- 大量のログデータを処理できる
- 人間が意識しないパターンを抽出できる
- 客観的な分析を行える
このため、現場データをTLAの枠組みで分析することで、
現場経験
↓
Fact(記録)
↓
Order(構造)
↓
Insight(知識)
というプロセスを通じて、暗黙知の痕跡を再利用可能な知識として表面化させることができる可能性がある。
5 SECIモデルとの関係
この観点から見ると、
SECIモデルは
暗黙知の共有プロセス
を説明する理論である。
一方、
TLA+生成AIは
暗黙知の構造抽出
を支援する方法論として位置付けることができる。
つまり、
TLA+AI
↓
暗黙知の構造抽出
↓
SECI Externalization
という関係が成立する可能性がある。
6 仮説的結論
以上から、本研究では次の仮説を提示する。
生成AIと三層構造解析(TLA)を組み合わせることで、
現場ログから暗黙知の構造的パターンを抽出し、
知識として再利用可能な形で表面化させることができる可能性がある。
これは、SECIモデルにおけるExternalization(暗黙知の形式知化)を
技術的に支援する方法となり得る。
7 今後の検証
この仮説は、次のような現場データを用いた検証が必要である。
- トラブルログ
- 作業日報
- 保守記録
- 生産履歴
これらをTLAで構造分析し、生成AIによるパターン抽出を行うことで、
暗黙知の構造的特徴がどこまで再現できるかを確認する必要がある。
所感
野中郁次郎氏の『知識創造企業』は非常に興味深い書籍である。
しかし拝読する中で、次のプロセスについて一つ気になる点があった。
- 暗黙知から暗黙知(共同化:Socialization)
- 暗黙知から形式知(表出化:Externalization)
例えば、私がある作業について
「こういったことを行うと便利です」と別の人に伝えたとする。
これは共同化(Socialization)のプロセスに該当する。
しかし、その情報を受け取った側がそれを**「価値ある情報」**として認識しなければ、その知識は単なる雑談として忘れ去られてしまう。
表出化(Externalization)のプロセスも同様である。
当人がその知識を「価値あるもの」と認識していなければ、そもそもそれを言語化すること自体が起きない。
この現象は、次のような状況で生じる。
客観的には価値のある知識であっても、
当人がそれを
「当たり前のこと=価値がない」
と主観的に判断してしまう場合である。
その結果、多くの暗黙知は記録も共有もされないまま消えていく。
では、主観的に判断された「価値」を、他者が客観的に評価することは可能なのだろうか。
さらに言えば、同じ環境で働く人々は似た経験を持つため、
当人が「当たり前」と思うことは、周囲の人々にとっても同様に「当たり前」と認識される可能性が高い。
もしそうであれば、暗黙知は組織内で共有される前に、そもそも認識されないまま消失しているのではないだろうか。
このような視点から、現在現場から暗黙知が失われていく原因を考えたとき、一つの可能性が浮かんだ。
それは、生成AIを客観的にデータを評価する装置として利用する方法である。
三層構造解析(TLA)と生成AIを組み合わせることで、
人間が価値を認識していない作業ログやトラブル記録の中から、
構造的なパターンを抽出することができるのではないか。
もしこれが可能であれば、人が主観的に切り捨てていた知識も、
価値あるデータとして再発見される可能性がある。
本稿は、この仮説を出発点としている。