1. 問い
なぜ承認手続きは、形式だけ残って実質を失うと、かえって支配の不信を強めるのか。
2. 研究概要(Abstract)
承認手続きが、形式だけ残って実質を失うと、かえって支配の不信を強めるのは、承認手続きが本来、支配を共同体の意思へ変換し、統治OSの判断を実行環境へ正当に接続するための制度運用だからである。
承認手続きは、単なる儀礼ではない。王位、官職、制度、戦争、改革などが、共同体の意思として受け入れられるための接続手続きである。民会・市民承認は、支配を「共同体の意思」へ転換する承認装置であり、服従を単なる被支配ではなく、自己関与へ転換する機能を持つ。
しかし、承認手続きが形式だけ残って実質を失うと、共同体は「自分たちが承認した」のではなく、「承認したことにされた」と感じるようになる。このとき、承認手続きは正統性を生む装置ではなく、支配を正当化するための演出装置に変質する。
OS組織設計理論の観点からいえば、承認手続きの形骸化は、人材賞罰制度Hの低下として現れる。特に、賞罰・昇降の妥当性PEVと、明文化された制度統制ICの低下が重要である。承認手続きが実質的に運用されなくなると、ICの中核要素である制度運用率が低下する。その結果、PEVが低下し、H全体の健全性も低下する。
Hが低下すると、OSは実行環境を妥当に補正できなくなる。さらに、ICの低下は実行環境側の民度Mや信頼Tにも影響する。したがって、承認手続きの形骸化は、単なる手続き上の問題ではない。それは、OSと実行環境の接続そのものを劣化させ、支配への不信を強める構造的問題なのである。
3. 研究方法
本稿は、TLA(三層構造解析)の形式に従い、リウィウス『ローマ建国以来の歴史』第1巻における承認手続きの意味を分析する。
Layer1では、王権、元老院、民会、市民承認、中間王政、王位選出、王権の正統化といった事実を整理する。
Layer2では、それらの事実を、王権、元老院、民会・市民承認、制度運用、正統性、承認手続き、OS、人材賞罰制度H、PEV、IC、M、Tといった構造へ接続する。
Layer3では、承認手続きが形骸化すると、なぜ正統性を補強するどころか、かえって支配への不信を強めるのかを、TLAとOS組織設計理論の観点から明らかにする。
4. Layer1:Fact(事実)
リウィウス第1巻において、ローマの王権は、単なる武力や血統だけで成立するものとして描かれていない。王権は、神意、武力、建国行為、制度設計、民衆承認、元老院承認によって支えられる統治中枢である。
ロムルスの王権は、都市建設、鳥占い、民衆の統合、法体系の整備、元老院の設置によって成立した。つまり、ローマ王権は、単なる強者の支配ではなく、共同体の承認と制度設計によって公的秩序へ接続される必要があった。
ロムルスの死後には、王位を当然に継承する王家が存在しなかった。そのため、元老院を構成する父たちは中間王政を運用し、王位空白を管理した。その後、人民が王を選び、元老院がそれを承認するという構造が形成された。これは、王権が民衆承認と元老院承認を通じて公的中枢として成立することを示している。
しかし、このような承認手続きは、常に正常に機能するとは限らない。民会や元老院が存在していても、その承認が買収、恐怖、演出、派閥化、身内びいき、形式的追認に変質すれば、承認手続きは正統性を支える装置ではなくなる。むしろ、制度の外形を利用して支配を正当化する装置となる。
この点に、承認手続きの危険がある。制度が存在していること自体は、正統性を保証しない。重要なのは、その制度が実質的に運用されているかである。制度が残っていても、実質が失われれば、共同体はその制度を信頼しなくなる。
5. Layer2:Order(構造)
Layer2において、民会・市民承認は、支配を「共同体の意思」へ転換する承認装置である。王位や官職は、武力や血統だけでなく、民衆の承認によって公的形式を得る。その目的は、服従を単なる被支配ではなく、自己関与へ転換することにある。
したがって、承認とは、支配される側が「これは外から押しつけられた命令ではなく、自分たちの共同体の決定である」と受け止めるための制度的変換装置である。しかし、承認が買収、恐怖、演出で歪むと、形式は残っても実質的正統性は崩れる。ここに、承認手続きの形骸化が持つ本質的な危険がある。
元老院もまた、承認手続きと深く関わる。元老院は、王権を補強しつつ、その正統化と継続性を担う上層意思決定機構である。王の選出承認、中間王政、民会、氏族秩序、貴族層、外交・戦争判断と接続し、王権を国家の継続構造へ接続する役割を持つ。
しかし、元老院の承認も形骸化しうる。元老院が王の取り巻き化、派閥化、身内びいきに陥り、正統性審査を形だけのものにすれば、元老院は王権を補正する機構ではなく、王権の私物化を追認する機構になる。その場合、承認が存在すること自体が、かえって不信の根拠となる。
王権についても同じである。王権は、建国、戦争、制度創設、裁断を一身に引き受ける統治中枢であり、武功、神意、民衆承認、元老院承認、婚姻ネットワーク、危機対応によって補強される。しかし、承認や制度設計が形骸化すれば、王権は公的秩序ではなく、私的支配、恐怖支配、簒奪へ近づいていく。
OS組織設計理論の観点から見ると、承認手続きの形骸化は、人材賞罰制度Hの低下として理解できる。
Hは、OSが人材、役割、賞罰、昇降、制度運用を通じて、組織を妥当に制御できているかを示す変数である。ここで簡略化して整理すれば、Hは次のように捉えられる。
H = 適材適所 × PEV
PEVとは、賞罰・昇降の妥当性である。これは、OSが賞罰、昇降、法律、規程、制度運用、および非公式裁決を通じて、実行環境を妥当に補正・制御できている度合いを示す。
PEVは、次のように整理できる。
PEV = IC + NIC
ここで、ICは明文化された制度統制であり、NICは非公式統制である。PEV=IC+NICとは、明文化された制度統制と非公式統制の双方が、賞罰・昇降の妥当性を構成するという概念式である。
さらに、ICは次のように整理できる。
IC = 明文化された制度の整合性度 × 制度運用率 × 明文化された制度の道徳倫理実現率
承認手続きが形骸化すると、特に制度運用率が低下する。どれだけ立派な法律、規程、会議体、民会、元老院、審査制度が存在していても、それが実質的に運用されなければ、制度は統治を正当化する力を失う。制度の整合性が高くても、制度運用率が低ければ、ICは低下する。ICが低下すればPEVが低下し、PEVが低下すればH全体の健全性も低下する。
さらに、ICの低下は実行環境側にも波及する。OS組織設計理論では、民度Mは次のように整理できる。
民度M =(外部統制IC + 1)× 道徳倫理MD
ICが低下すれば、外部統制によって人間の行動を補正する力が弱まる。もし道徳倫理MDも十分でなければ、実行環境の民度Mは低下する。民度Mが下がれば、トップであるOSの命令は、実行部隊へ正しく反映されにくくなる。
つまり、承認手続きの形骸化は、OS側のHを低下させるだけではない。実行環境側のMやTにも悪影響を与える。OS側では制度運用が形骸化し、実行環境側では命令に対する納得、信頼、自己関与が失われる。ここで、支配層であるOSと、被支配層である実行環境の双方が劣化するのである。
6. Layer3:Insight(洞察)
承認手続きが、形式だけ残って実質を失うと、かえって支配の不信を強めるのは、承認手続きが本来、支配を共同体の意思へ変換し、統治OSの判断を実行環境へ正当に接続するための制度運用だからである。
承認手続きは、単なる儀礼ではない。それは、王位、官職、制度、戦争、改革などが、共同体の意思として受け入れられるための接続手続きである。承認が実質を伴っているとき、共同体は「これは外から押しつけられた命令ではなく、自分たちの共同体の決定である」と受け止めることができる。ここで、支配は共同体の意思へ変換される。
しかし、承認手続きが形式だけ残って実質を失うと、この機能は反転する。共同体は「自分たちが承認した」のではなく、「承認したことにされた」と感じるようになる。このとき、承認手続きは正統性を生む装置ではなく、支配を正当化するための演出装置に変質する。
この変質は、OS組織設計理論でいえば、Hの低下として現れる。承認手続きの形骸化は、PEVの低下、特にICにおける制度運用率の低下である。制度の整合性が高くても、制度が実質的に運用されなければ、PEVは低下する。そして、PEVが低下すれば、H全体の健全性も低下する。
Hが低下すると、OSは実行環境を妥当に補正できなくなる。誰を承認するのか、誰を昇進させるのか、誰に権限を与えるのか、どの判断を共同体の意思として認めるのか。こうした判断が形式的に処理され、実質的な審査や補正を失うと、実行環境は制度を信頼しなくなる。
この問題は、民度Mと信頼Tにも波及する。ICが低下すれば、外部統制によって人間の行動を補正する力が弱まる。もし道徳倫理MDも十分でなければ、実行環境の民度Mは低下する。また、制度が機能していないと見なされれば、実行環境の信頼Tも低下する。
ここで、組織は支配層であるOSと、被支配層である実行環境の双方で劣化する。OS側では、HとPEVが低下し、制度運用が形骸化する。実行環境側では、MとTが低下し、命令に対する納得、信頼、自己関与が失われる。したがって、承認手続きの形骸化は、単なる手続き上の問題ではない。それは、OSと実行環境の接続そのものを劣化させる構造的問題なのである。
この構造は、民会・市民承認において特に明確である。民会・市民承認は、本来、支配を共同体の意思へ転換する装置である。ところが、承認が買収、恐怖、演出で歪むと、形式は残っても実質的正統性は崩れる。承認の形式があるからこそ、かえって不信が深まる。なぜなら、共同体はそこに「正当な承認」ではなく、「承認を装った支配」を見るからである。
この問題は、王権においても同じである。王権は、承認と制度設計によって公的秩序へ接続される。しかし、承認が形骸化すれば、王権は公的秩序ではなく、私的支配、恐怖支配、簒奪へ近づいていく。
元老院承認についても同様である。元老院は、王権を補強し、その正統化と継続性を担う上層意思決定機構である。しかし、元老院が王の取り巻き化、派閥化、身内びいきに陥り、正統性審査を形骸化させれば、元老院は王権を補正する機構ではなく、王権の私物化を追認する機構になる。共同体から見れば、承認手続きは「王を制御する仕組み」ではなく、「王を正当化するための演出」に見える。
ここで、承認は信頼を生む装置から、不信を生む装置へ反転する。
承認手続きが存在しない場合、支配は露骨な強制として理解される。しかし、承認手続きがあるにもかかわらず、その中身が買収、恐怖、演出、派閥化、身内びいき、形式的追認に置き換わっている場合、支配者は「これは共同体が承認したことである」と主張できる。すると、共同体は二重の被支配感を抱く。第一に、実質的には支配されている。第二に、その支配に自分たちが同意したかのように扱われている。この二重性が、不信をさらに深めるのである。
したがって、承認手続きが形式だけ残って実質を失うと、かえって支配の不信を強める。承認とは、支配を共同体の意思へ変換し、統治OSの判断を実行環境へ正当に接続する装置である。しかし、その承認が形式化し、PEVとICの低下を招くと、Hは低下する。Hが低下すれば、OSは実行環境を妥当に補正できなくなり、民度Mや信頼Tも低下する。結果として、承認手続きは正統性を生むのではなく、正統性が偽装されていることを示す証拠となる。
ここに、承認手続きの形骸化が持つ危険がある。
7. 現代への示唆
この構造は、現代組織にもそのまま当てはまる。
現代企業や組織には、会議、稟議、承認フロー、取締役会、指名委員会、評価制度、監査制度、コンプライアンス手続きなど、多くの承認手続きが存在する。これらは本来、意思決定を正当化し、組織内の納得を形成し、上層判断を実行環境へ接続するための制度である。
しかし、これらの手続きが形式だけ残って実質を失うと、組織の不信はかえって強まる。たとえば、会議は開かれているが結論は最初から決まっている。承認フローは存在するが、実質的には上層部の意向を追認するだけである。評価制度はあるが、実際には派閥や好き嫌いで処遇が決まる。コンプライアンス手続きはあるが、都合の悪い情報は黙殺される。このような状態では、制度が存在すること自体が信頼を生まない。
むしろ、組織の構成員は「制度があるのに機能していない」と感じるようになる。これは、単に制度がない場合よりも深い不信を生む。なぜなら、組織は制度を使って正当性を演出しているように見えるからである。
OS組織設計理論でいえば、これはHの低下である。特に、PEVとICの低下である。承認手続きが形骸化すれば、制度運用率が低下する。制度運用率が低下すれば、明文化された制度統制ICが低下する。ICが低下すれば、賞罰・昇降の妥当性PEVが低下する。PEVが低下すれば、人材賞罰制度Hが低下する。
Hが低下した組織では、適切な人材が承認されず、正しい判断が制度的に通らず、不適切な人物や判断が追認される。その結果、実行環境は制度を信頼しなくなる。さらに、ICの低下は民度Mや信頼Tにも波及し、現場は「どうせ制度は機能しない」と考えるようになる。
現代組織において重要なのは、承認手続きを持つことではない。承認手続きが実質的に運用されていることである。制度は存在しているだけでは信頼を生まない。制度が目的に従って運用され、必要な補正を行い、誤った判断を止め、正しい判断を通すときにだけ、組織の信頼を支えるのである。
8. 総括
承認手続きが、形式だけ残って実質を失うと、かえって支配の不信を強めるのは、承認手続きが本来、支配を共同体の意思へ変換し、統治OSの判断を実行環境へ正当に接続するための制度運用だからである。
承認が実質を伴うとき、共同体は支配を「自分たちの決定」として受け入れることができる。しかし、承認が形式だけになれば、共同体は「承認した」のではなく、「承認したことにされた」と感じるようになる。このとき、承認は正統性を生む装置ではなく、支配を正当化するための演出装置へ変質する。
OS組織設計理論でいえば、これはHの低下であり、特にPEVとICの低下である。承認手続きが形骸化すれば、制度運用率が低下し、ICが低下する。ICが低下すればPEVが低下し、PEVが低下すればH全体の健全性も低下する。Hが低下すれば、OSは実行環境を妥当に補正できなくなる。
さらに、ICの低下は、民度Mや信頼Tにも悪影響を与える。結果として、OS側では制度運用が形骸化し、実行環境側では納得、信頼、自己関与が失われる。ここで、支配層と被支配層の双方が劣化する。
したがって、承認手続きの形骸化は、単なる手続き上の不備ではない。それは、OSと実行環境の接続を劣化させ、正統性を偽装し、共同体の不信を増幅する統治OS上の重大な破綻である。
9. 底本
ティトゥス・リウィウス『ローマ建国以来の歴史1』岩谷智訳、京都大学学術出版会、2008年。
OS組織設計理論_R1.30.14