1. 問い
優秀な人材を揃えれば、組織は崩壊しないのか。
2. 研究概要(Abstract)
組織は、個々の人材を単に寄せ集めるために存在するのではない。異なる能力を有する人材を有機的に結合させ、相互作用を通じて、個人の能力を超える成果を生み出すために存在するのである。
しかし現実には、優秀な人材を集めただけで組織が強くなるわけではない。むしろ、優秀な人材は、その高い判断力・実行力・知識ゆえに、統制を欠けば組織を内部から不安定化させる危険性を持つ。能力が高いほど、誤った判断や逸脱行動が組織全体へ与える影響も大きくなるからである。
本研究事例では、『貞観政要』任賢篇に見られる議論をもとに、なぜ優秀な人材の存在それ自体が組織の安定を保証しないのかを、構造的に明らかにする。
3. 研究方法
本研究では、『貞観政要』任賢篇の記述を素材とし、三層構造解析(TLA)の枠組みに基づいて考察する。
まずLayer1において、優秀な人材に関する事実認識を抽出する。次にLayer2において、それらの事実を成立させている組織構造を整理する。最後にLayer3において、そこから導かれる洞察を現代組織論へ接続する。
この方法により、「人材の優秀さ」と「組織の健全性」が必ずしも一致しない理由を、個人能力の問題ではなく、組織設計の問題として把握する。
本稿では、人材の優秀さを個人能力の問題としてではなく、配置・制御・結合という設計問題として捉える。これは、組織を人の集合ではなく、機能要素の接続構造として見るITアーキテクト的視点に基づく分析である。
4. Layer1:Fact(事実)
『貞観政要』納諫篇第一章で王珪は、郭君の亡国理由を引きながら、「善を善としながらそれを用いることができず、悪を悪としながらそれを除き去ることができなかった」と述べる。これは、賢者や善なる人材を認識していても、それを任用・活用しなければ意味がないことを示している。
また『貞観政要』任賢篇第二章によれば、房玄齢が杜如晦の器量を見抜き、政治構想の中で引き立てており、
- 房玄齢=人物を見抜き、構想し、推す側
- 杜如晦=実際の局面で裁断する側
として描かれている。このように、優秀な人材でも、適切な役割分担が必要なことが示されている。なお、優秀な人材とは、単に頭が良い者ではない。判断力・実行力・専門知・役割適合性まで含めた、組織において高い影響力を行使しうる者を指すのである。すなわち、状況を見極め、必要な行動を選択し、それを現実に移す能力を持つ者である。
一方で、『貞観政要』任賢篇第三章には、名君と呼ばれた太宗が、重臣の魏徴から三百余事の諫言を受けていたことが記されている。これは、名君と評価される太宗であっても、継続的な補正情報を必要としていたことを示している。すなわち、統治者の能力が高くとも、自己判断のみでは十分ではなく、外部からの是正回路が不可欠であることを意味する。
ここで重要なのは、優秀な人材ほど実行力が大きいため、ひとたび誤れば、その誤りの影響もまた大きくなるという点である。能力の高さは、正しく使われる限り組織の推進力となるが、誤れば大規模な暴走へと転化する。
また、『貞観政要』任賢篇第三章には、太宗が房玄齢と魏徴の功績について、房玄齢は創業に功あり、魏徴は守成に功あり、という主旨の言葉を残している。これは、優秀な人材であってもそれが一様でないことを示している。たとえば軍事的才能に優れた者は、創業期や戦時には極めて有効であるが、守成期にはそのままでは力を発揮しにくい場合がある。だが、その才能自体が無価値になるわけではない。軍才を必要とする部署や役割に再配置すれば、依然として大きな価値を持ちうるのである。
反対に、適切な配置換えが行われなければ、その才能は遊休化するだけでなく、本人の不満や不適応を増幅させ、やがて組織内部の不安定要因へと変わりうる。ここにおいて、『貞観政要』は、優秀な人材の問題を「能力の有無」ではなく、「能力と配置の適合」という観点から捉えているのである。
5. Layer2:Order(構造)
この事実群から見えてくるのは、優秀な人材を活用するためには、個人の能力以上に、それを組織へ結合する構造が必要であるということである。
第一に必要なのは、適材適所の配置である。どれほど優れた能力であっても、それが時代格・組織格・部署格に適合していなければ、十分な価値を発揮できない。むしろ、ミスマッチが長期化すれば、能力は不満・逸脱・対立へと転化する。
第二に必要なのは、統治の仕組みである。優秀な人材は高い自律性を持つため、単に権限を与えるだけでは足りない。その力が組織目的と接続され、逸脱や暴走へ向かわないようにする制度的な制御が必要である。
第三に必要なのは、個人能力を組織能力へ変換する結合設計である。組織は、優秀な個人の集合ではなく、異なる人材を適切に配置し、相互補完させ、相互牽制させることで初めて成立する。したがって、問題は「優秀な人材がいるか」ではなく、「その優秀さを組織秩序の中にどう組み込むか」にあるのである。
6. Layer3:Insight(洞察)
以上の構造から、いくつかの重要な洞察が導かれる。
第一に、優秀な人材を集めただけでは、組織は自動的には強くならないということである。能力の高い人材は、それぞれが自らの判断で動けるがゆえに、統合原理が弱ければ、個別に行動し、やがて独自の派閥や秩序を形成し、分裂や独立へ向かいうる。
第二に、優秀な人材に権限だけを与え、制御を欠けば、能力はそのまま暴走の起点となるということである。能力が大きい者ほど、誤った方向へ動いた場合の破壊力も大きい。ゆえに、組織は「能力の拡大」だけでなく、「能力の方向づけ」を同時に設計しなければならない。
第三に、優秀な人材であっても、その能力を発揮できる部署や役割に配置しなければ、逆機能を生み出すということである。活かされない才能は中立ではない。遊休化した才能は、不満、対立、皮肉、離反といった形で組織へ跳ね返る可能性がある。
第四に、優秀な人材であっても、同じ価値観・同じ思考傾向の者ばかりが集まれば、批判と補正の機能が失われるということである。この場合、表面的には高能力集団であっても、実際には異論が出ない「イエスマン集団」と化し、組織の自己修正力が低下する。さらに現代組織では、能力の高い者同士が過度に同質化すると、批判と補正の機能が失われる危険もある。
つまり、組織を崩壊させるのは無能だけではない。管理されない優秀さ、配置されない優秀さ、同質化した優秀さもまた、組織崩壊の原因となりうるのである。
7. 現代への示唆
現代組織においても、この構造はそのまま当てはまる。無能な人材は実行力に乏しいため、組織全体を一気に崩壊させる力にはなりにくい。だが、優秀な人材は違う。彼らは組織を大きく前進させる推進力になりうる一方で、誤った方向へ進めば、そのまま組織全体を破壊しうる。
このため、トップが短期的な安定だけを求める場合、優秀な人材よりも、従順で反抗しない人材を好むようになりやすい。すなわち、組織維持のために、無難で命令に従う「イエスマン」を集めようとする誘惑が生じるのである。
しかし、それは真の安定ではない。異論を述べる者がいなくなり、配置の最適化も行われず、自己修正力も失われるため、組織は表面的には維持されても、実質的には縮退していく。こうした組織は、平時には持ちこたえても、外乱や環境変化に直面したとき、一気に脆さを露呈することになる。
したがって、現代の組織設計に必要なのは、優秀な人材を恐れて排除することではない。むしろ、優秀な人材を活かしつつ、その能力が暴走・分裂・同質化へ向かわないようにする結合構造と統治構造を設計することである。
8. 総括
優秀な人材を集めただけでは、組織は躍進しない。むしろ、その優秀さは、統合・配置・統治を欠いた場合、組織にとって諸刃の剣となる。手綱を取れなければ、その力は内部から組織を自壊させる危険を持つのである。
しかし一方で、無能で従順な人材ばかりを集めても、組織は長期的には維持できない。たしかに短期的な統制は取りやすくなるが、組織は縮退し、変化への対応力を失い、やがて外乱によって崩壊する。
ゆえに、組織の健全性を支えるのは、「優秀な人材を集めること」そのものではない。優秀さを適切に配置し、過剰を制御し、異質な能力同士を結合させ、組織全体の秩序へと統合する設計こそが、組織存続の核心なのである。
9. 底本
原田種成『新釈漢文大系 貞観政要・上』明治書院、1978年