Research Case Study 906|OS組織設計理論において創業期の政治をどう扱うか― 『貞観政要』からマキャヴェリへ接続するための課題設定


1. 問い

OS組織設計理論では、守成期の政治要諦をまとめた『貞観政要』を重要な底本としている。では、創業期の政治はどのように扱えばよいのであるか。

2. 研究概要(Abstract)

『貞観政要』のモデルとなった唐の太宗は、創業期には各地の群雄をその類まれな軍才によって討伐し、守成期には徳を主導して政治の安定化を図った。

しかし、唐の時代は隋王朝という統一王朝からの易姓革命であり、王朝という枠組み自体はすでに固定概念として成立していた。そのため、国家というOSを文字通り一から構築する必要はなかった。

これに対し、OS組織設計理論における「創業」とは、まだOSを持たない創業者が、一からOSを構築する局面を意味する。したがって、この意味での創業期は『貞観政要』だけでは十分に扱えない。

本稿では、この課題を明確化したうえで、創業期の理論構築にあたって、マキャヴェリの『ディスコルシ』および『フィレンツェ史』、さらにその底本であるリウィウス『ローマ建国以来の歴史』を、創業期分析のための古典として位置づける。

本稿は、創業期の完成理論を提示するものではなく、その理論構築のための分析経路を示す課題設定である。

3. 研究方法

本稿ではまず、『貞観政要』が守成期の政治要諦を扱ううえでは極めて有効である一方、OSを持たない主体が一から秩序を立ち上げる創業期の分析には限界があることを、Layer1の事実として確認する。

そのうえで、創業期と守成期の性質の違いをLayer2で構造化し、創業期のOS組織設計理論を補うためには、どの古典をどの順序で分析すべきかをLayer3で示す。


4. Layer1:Fact(事実)

① 『貞観政要』が扱うのは、群雄討伐後の貞観年間における守成の議論である

『貞観政要』のモデルとなった唐の太宗は、創業期には群雄を討伐し、守成期には徳を主導して政治の安定化を図った。しかし、『貞観政要』が実際に扱っているのは、太宗と重臣たちが貞観年間に交わした議論であり、その中心は群雄討伐後の統治、すなわち守成期の政治要諦である。

したがって、『貞観政要』は、勝ち取った秩序をいかに維持し、安定化させるかを考える底本としては極めて重要であるが、OSそのものを一から立ち上げる創業期の理論を、そのまま十分に与えるものではない。

② OS組織設計理論における「創業」は、OSを持たない主体が一からOSを構築する局面である

OS組織設計理論において「創業」とは、すでに存在している秩序を引き継ぐ局面ではない。むしろ、まだOSを持たない創業者が、統治原理、意思決定構造、人材配置、情報循環の仕組みを、一から組み上げていく局面を指す。

この意味での創業は、統一王朝から統一王朝への易姓革命とは性質が異なる。ゆえに、創業期の組織論を構築するには、『貞観政要』とは別の古典から洞察を引き出す必要がある。

③ マキャヴェリとローマ・フィレンツェの史料は、創業期の分析素材となりうる

マキャヴェリの『ディスコルシ』は、古代ローマ共和国を題材とし、建国から共和政の展開までを分析した政治要諦書である。また『フィレンツェ史』も、フィレンツェ市の建設からメディチ家の栄華を極めたロレンツォの死までを扱っており、創業から守成までの事例を通観しうる史料である。

さらに、『ディスコルシ』の底本にはリウィウス『ローマ建国以来の歴史』がある。そのため、創業期の理論構築においては、リウィウス、マキャヴェリ『フィレンツェ史』、マキャヴェリ『ディスコルシ』を接続しながら分析していくことに意味がある。

5. Layer2:Order(構造)

5-1. 創業期と守成期では、OSが直面する主問題そのものが異なる

守成期と創業期で決定的に異なるのは、創業期がOSの生存そのものを賭けた戦いであるのに対し、守成期は成立したOSの維持を主目的とする戦いである点である。

創業期では、そもそもOS自体が未完成であり、まず生き残ること、競争相手を退けること、最小限の秩序を成立させることが最優先となる。これに対し守成期では、成立した秩序をいかに劣化させず、長期安定に接続するかが主問題となる。

5-2. 創業期では人格よりも生存のための才能が前景化する

OSの生存を賭けた創業期においても徳は望ましいが、前景化するのはまず生存のために勝ち切る才能、すなわち軍事的・政治的・組織的な突破力である。

しかし、この創業期において有効であった才能重視の構造は、安定期に入るとそのままでは危険性を持つ。なぜなら、創業期に求められた強い突破力や独断性は、守成期に入ると秩序の破壊要因となりうるからである。

5-3. 真に困難なのは、創業と守成の切り替えである

ここから導かれるのは、創業と守成が別々に困難なのではなく、むしろ最も困難なのは、その二つをどう切り替えるかにあるという点である。

創業期に活躍した人材を、守成期にどう位置づけ直すのか。
創業期に大量に必要であった軍事力や非常手段を、守成期にどこまで削減するのか。
創業期の突破力をどこまで残し、どこから徳と節度を中心とする守成の仕組みに移行するのか。

この切り替えに失敗したとき、表面上は成功しているように見えても、見えないところから崩壊が始まる。


6. Layer3:Insight(洞察)

以上を踏まえると、OS組織設計理論においては、『貞観政要』だけでは守成期の理論は構築できても、創業期の理論は十分には扱えないことが分かる。

そのため、創業期を理論化するには、別の古典を補助線として導入しなければならない。とくに有効なのは、マキャヴェリの『ディスコルシ』と『フィレンツェ史』であり、その前提として、両者の基礎資料であるリウィウス『ローマ建国以来の歴史』を分析することである。

この順序で見ると、

  • リウィウス『ローマ建国以来の歴史』前半十巻は、建国と初期秩序形成の事実素材を与える
  • 『フィレンツェ史』は、創業から繁栄、内部対立までを含む事例素材を与える
  • 『ディスコルシ』は、それらから政治要諦を抽出する理論素材を与える

という役割分担になる。

したがって、OS組織設計理論を創業と守成の両面を扱える理論へと拡張するためには、まずリウィウス、次に『フィレンツェ史』、最後に『ディスコルシ』を分析し、それを『貞観政要』から導出した守成期の理論と比較・融合していく必要がある。

この作業によってはじめて、創業と守成の二つの局面を統合した組織論を構築する必要がある。

7. 現代への示唆

現代組織においても、創業は生存を目的とした戦いである。市場に居場所を作り、資源を確保し、組織として立ち上がるまでは、一定の創業的突破力が必要である。

しかし、ある程度生存環境が整った後は、今度は守成へ入り、基盤を固めなければならない。常に創業の論理のままで進めば、事業継続が不安定になり、リソースを常時動員し続けることで組織そのものが疲弊するからである。

一方で、創業期のOSを完全に作り直してしまえば、今度は危機が到来したときに脆さを露呈する。したがって重要なのは、創業期の突破力をどこまで残し、どこから守成の節度と安定の論理へ切り替えるか、そのバランスを見極めることである。

このバランスの分析こそが、本稿が今後の理論課題として提示する点である。


8. 総括

『貞観政要』には、創業と守成はどちらが困難かという太宗の問いがある。太宗は両方に困難があると認めていたが、OS組織設計理論の観点から見れば、さらに困難なのは創業から守成への切り替えである。

創業で活躍した人材をどう扱うべきか。
創業期に大量に配備した軍事力や非常手段をどこまで削減すべきか。
創業期の生存の論理を、どの時点で守成期の維持の論理へ切り替えるべきか。

このバランスを誤ったまま組織運営を続ければ、表面上は成功しているように見えても、見えないところから崩壊が始まる。

ゆえに、創業から守成への移行を理論化することこそ、OS組織設計理論を完成させる次の中核課題なのである。そのためには、創業期を扱う別系統の古典を導入し、創業と守成の両面を統合したOS組織設計理論を構築していく必要がある。

9. 底本

原田種成『新釈漢文大系 貞観政要・上』明治書院、1978年

リウィウス『ローマ建国以来の歴史1』岩谷智訳、京都大学学術出版会、2008年
リウィウス『ローマ建国以来の歴史2』岩谷智訳、京都大学学術出版会、2016年
リウィウス『ローマ建国以来の歴史3』毛利昌訳、京都大学学術出版会、2008年
リウィウス『ローマ建国以来の歴史4』毛利昌訳、京都大学学術出版会、2014年

マキャヴェリ『マキャヴェリ全集2 ディスコルシ』永井三明訳、筑摩書房、1999年
マキャヴェリ『マキャヴェリ全集3 フィレンツェ史』米山喜晟、在里寛司訳、筑摩書房、1999年

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